不安感の投影


考えてみると母の『一大事!電話』は今始まったわけではない。
掃除機のコードが入らない、ブラインドが下りない、
電話(留守番電話)がパカパカ(点滅)している、
何か不具合があると電話をかけてきていた。
でも「来て欲しい」などではなく、事実的な表現。

30近くなる迄、私はそれに応じていた。
4時起きの前夜、既に就寝している23時に
電話がかかってきても、20分以上かけて出動していた。

自分の不安を投影させる、なんてことも当たり前。
今日も一日よう働いた、と自分を誉めながら帰宅する。
留守番電話をチェックすると「サクチャン、お母さん。
どうしているの?大丈夫?御飯を食べている?」と
悲壮感漂う声が聞こえてくる。
正直言って、よう働いた体のエネルギーが全て
抜けていく感じだった。

私の遅い親離れは、このあたりから始まった。
丁度バブルがはじけたあたりで切磋琢磨仕事をしないと!
それに後輩がどんどんできてイヤでも役職がつくので
仕事についていくほうが私には大切だった。
そうは言っても、学生気分が抜けていないし、
心理的にまだ成熟していなかったので
いつも他の人よりもストレスを感じやすかった。

徐々に母の電話が減った。
勝手に母が子離れしたように思っていたが、
あるとき母が車の中で不満をぶちまけた。
「サクチャンは私を遠ざけようとしている!
見捨てているんでしょう!」と。
しばらく黙って聞いてたけど、もううんざり。
「いい加減にしてほしい。親子で見捨てるもないと思うよ。
何かあったらこうして迎えに行ったり、送ったり、
できることが限られているけど、私なりに考えているの」と
言い返した。ハンドルを握っている私の腕に母はしがみついた。
「危ない!」と急ブレーキを踏んだ。
もう私はエネルギーが枯渇していた。
「お母さん、危ないよ。二人で心中になるよ」と溜息が出た。
「死ねといい!私なんていなくていいんだから。
どうせ遠避けられているんだから!」sight・・・
私は母がエネルギーを吸い取るバンバイヤーに思えた。

5月1日(火)
サクラ

追記 
母から「カバンね、階段のところに置いていった・・・」と
報告の電話が着た。《置いていった・・・》のあたりの声は
小さく、うやむや系に聞こえた。母なりに無意識下で何かを
感じていると私は思っている。