心情はいかに


母を観ていると、本当は自分が何かおかしい、
何かが自分の中で壊れていっている・・・と
漠然と理解し、それに怯えているように感じる。

多くの人が自分にとって都合の悪い事を言われたくない、
知りたくない、臭いものには蓋!という傾向がある。
母は人一倍その傾向を強くもっている、と私は思う。

塵ひとつ、髪の毛1本も拾って歩くほど些細なことが
気になり、テーブルと新聞の角を合わせて置く。
大きいものから小さいものへと均一並びにする、
決まったところにモノを置く・・・。

それが徐々に大雑把になり、私にすると普通だったけれど、
よくよく考えると母のアルツハイマーの始まりだったのかも。
7-8年前に母の台所を整理した。
適当というより、テキトーな置き方。
何故、ここにこれがある?という感じ。

あれほど几帳面だった母が・・・独り暮らしが長くなると
こうもテキトーになるものなのね・・・と密かに思っていた。

先日、病院へ行った際、以前に「持っていかれた」と
言っていた新しい靴を履いていた。
私は心の中で「先週の大掃除で出てきたのかな。
どこから出てきたのかなぁ。色々出てきたんだろうなぁ」
と思っていたが、当然、気づかぬフリ、口には出さない。
先週、大掃除をした時の母は、間違いなく平常心であって、
仮作業としてしたわけではない。
平常心で大掃除をして、持っていかれたはずのものが
出てきた時、母はどのように思っただろう。

自分じゃない!それが母の心のバランス。
もともと、ありのままを受け入れられない母の心を
想像するとけっこう切ない。やっちまったぁ~。
自分の失敗をユーモアにする心を母に与えて欲しい。
母には、それが一番必要な薬かもしれない。


4月30日
サクラ