急がばまわれ
日曜夜の八重サスペンスから改めて学んだ。
薬を飲んだからといって治ったわけではなく、
状態が緩和されるだけで、状況によっては、
やはり混乱がおきてしまう。
11時過ぎに母に電話をした。
ちょうど朝食を食べているとのこと。
オイオイ、11時よ。もうお昼じゃないのぉぉ。
母に言わせると疲れが溜まって朝9時ぐらいまで寝ていて、
布団で新聞を読んで、朝ごはんを食べようしたけど、
片付けものを先にしていたので11時になってしまったとのこと。
「そう、疲れが溜まっていたんだね。薬は?」
「薬は食後だから、まだ飲んでいないの。疲れて」
「そう、疲れのためにも薬がいいねぇ♪」
「そうね、だってね、カエデったら・・・・」と姉への不満。
不満というより心情というほうがベターかも。
姉が「だから独りじゃむりなのよ」
「こっち(姉の家)にいらっしゃい」
「だからお母さんはダメなの」と言うらしい。
母はもともと被害者意識が強め。
娘二人(姉と私)にそれぞれの愚痴を言っていた。
母の中では「たぶん----に違いない」に始まって
「きっとそうだ」に進み、それがまことしやかに伝えられる。
私は「お~始まったぁ」と適当に聞いているが
姉はほぼ全面的に母の話を信じ、けっこうやられた。
いくら説明しても「お母さんの話と違う!」となるし、
しまいに母のことで「***なんだよね」と言うと
「お母さんに聞いてみる」となり、話が複雑になっていく。
今回の母の言い分も理解できるし、
姉の有り余る心配性を考えても理解できる。
先日の母が携帯電話で私と姉に着信を残した際、
器用にも母が片手に一般電話(私と通話)、
もう片手に携帯電話(姉の通話)をもっていた時の
姉のヒートアップ状態から母の言葉を無視できない。
姉も決して母を攻撃をしているわけじゃない。
ただかなり表現がへたという感じ。
母に「お姉ちゃんの心配もわかるよね、でも、表現がね・・・」
「そうなの、だからね、まさか『電話かけないで』と
言えないでしょう。心配してくれているんだから。でもね、
悲しくなるの。『お母さんは、だからお母さんは』って。
辛いの。そんなにダメなの?私なりにやっているんだから」
「電話は嬉しいけど、話しているうちに悲しくなるんだね」
「うん、ひどいんだもん」
「お姉ちゃんは離れているだけ心配なんだよね」
「ありがたいけど・・・・」
「ありがたいけど?ふふふふふ、それ以上は内緒だね」
「そうね、ふふふ」
「お姉ちゃんにそれとなくメールを入れるわ」
「え!そんなことをしたらカエデがまた怒るでしょう」
「怒っても仕方がないと思うの。お母さんが悲しくなって
夜になってお隣の塩田さんに助けを求めるよりも。」
「塩田さんに迷惑かけたね」
「大丈夫だってぇ。塩田さんは理解してくれていて
怒っていないから。でもね、塩田さんのおばさんね、
調子がよくないみたいなの。おじさんもね・・・」
「そうね、去年、入院したって言っていたものね。悪かったわ。
でもどうしようもなかったの。行くまで迷ったの」
「迷ったのね、迷った時はやめたほうがいいかもしれないね。
あ、時間だわ、また電話するからね」
その後、姉にメール、そして、塩田さんにお礼方々報告電話。
そして、その後、再び母に電話。
「サクチャン、ごめんね。ありがとう、色々仲立ちしてくれて」
「お母さん、私、サラリーマンをしていたしね。慣れているの」
「そうだね、会社って色んな人がいて、その中で色んなことが
あるものね。そこで生きるって大変だよね。」
「そうね、自分の身を守ることだけやっていても片手落ちだし、
一人一人とかかわりながら、集団を意識して過ごしているからね」
「私、自分のことばっかり・・・」「ん~そう思う?」
「うん、そう思う。我儘だわ。サクチャンは仕事で忙しいのに
私のことで・・・ごめんね、私、集団生活ってしたことがないし」
「お母さん、家族よ。たとえ一緒に生活していなくても、
その置かれた状況の中で家族を思ったり、できることを捜したり。
勿論、したくてもできない時もあるよ。お母さんもそうでしょう?」
「そうだね、サクチャンにお小遣いを5千円、1万円あげたいと
思ってもできないときがあるもの」
「お母さん、確かに思いをお金にこめることもできるけど、
お金以上にお母さんが前向きに明るく暮していてくれるほうが
私には励みになるし、『私も頑張ろう!』って思えるのよ」
「ありがとう。いつもサクチャンはそういってくれるね」
「だって本当だもの」「わかった。お父さんとお茶を飲むわ」
・・・とまとまった。
八重さんはは母親と死に別れ、継母が入り、複雑になった
家庭の中で、父親が娘・八重へお金に愛情を込めていたので、
八重さん自身、「愛情はお金で表わすもの」という傾向が強い。
よくありがちな高齢者がお金に執着する、というパターンと
八重さんの場合、またちょっとわけが違うように感じる。
私は八重さんを見ていると時々胸が詰る時がある。
それは母というより独りの人間として。
・・・そんなことより、薬を飲まなくても母と会話が成り立つ。
安定の兆しは確かに思われる。
5月8日(火)
サクラ