一番堪えた受診の姿。


母の受診日。
正直言って、近頃、母は妙な状態。
落ち着きがないし、仮性作業をしている様子だし、
日中や夜中に電話をかけてきて、本人的にはかけていないらしい。

そ、着信が残っていのでかけると電話の音で我に返るようで
「どうしたの?」
「携帯の着信履歴に『お母さんから電話がきていたよ』と
表示されていたのでかけたの。何かあったの?」
「かけていないわよ」
「そう、かけていないってことね。じゃあ何も問題ないのね」
「そう、元気だから」と答える。

でも、このやり取りのすぐ後で、母から改めて
「サクチャン、誰かが来ていたみたい」と電話が来る。

活動性せん妄が多くなり、あれこれ動いているだろうし、
また、非活動性せん妄も起こる。
母が無意識に電話をするのは、この非活動性せん妄時と思う。

以前に、仕事帰り急に母を訪ねたことがあった。
母は私を居間に迎え入れて、扉を開け放している母の部屋は、
只今仮作業中という状態であり、母はそれを認知し、
一瞬顔色を変えたがすぐに「片づけものをしていた」と私に言った。

担当医に前回の受診からおおよそ3日目以降から
母の落ち着きのなくなったこと、過活動であること、
無意識に電話をかけてくることなどを伝えた。
担当医は「薬が利きすぎているんでしょうかねぇ」と見解を述べ、
その後、私に現在のアルツ薬5.0㎎から2.5㎎に戻すか、
それともアルツ薬は5.0㎎のままにして脳の興奮を抑える薬を加えるか、
2つの提案を下さった。私は困惑した。
とりあえずアルツ薬をこのまま5.0㎎で、脳の興奮を抑える薬を
加えて様子をみることを選択した。でも、吉と出るか凶と出るか
そのへんはわからない。アルツ薬の3.0㎎とか、4.0㎎とかあるといいのに。

お金がかかっても粉体にしたものを小分けできないものか
今後、相談をしていきたいと思う。

そうそう、今日はあえて母と病院で会うことを約束した。
バスに乗れるか確認するため。街中でやって迷子になっても困るけど
地元であれば、現状、迷子になりにくい。

電話口で母は迎えにいかない私を少々ご不満のご様子だったけど、
ごめん、おかあさん、ここは進行の確認なのでお許しアレ。
バス時間を見て合わせる行動はできないようで、
母は「バスで来ようと思ったけど、バスの時間がわからないし、
(バス停までの)途中の**さんにバス時間を聞いたけど、
わからないっていうし、タクシーきたの」と。
でも、母が市が交付している老人パスを持っていなかった。
私であればあたりまえに乗車プリペイドカードを忘れるが、
母は常に持ち物を確認し、きちんと持ち歩くタイプ。
私も現実を知って、ちょっと落ち込む。
2か月前、「時間をみたらちょうどあったから駅前からバスに…」は
ちがったみたい。そ、たまたまバスが来たので乗っただけだった。

仕事に戻らなければならない時間まで迫っていたので、
薬を頂いて、今月も「○日朝」「○日夜」と記入した
小さいジップ付ビニ袋に母と二人で車の中で
おしゃべりをしながら小分けした。

朝食後:7/14-7/31,8/1-12
夕食後:7/13-7/31、8/1-8/11

次の受診は8/10と繰り返し確認したが、ここでも母は薬が
12日分まであるので「今度は8/12にくるといいんだね」と言う。
「予約表では何日になっているの?」と確かめることを促すと
「予約表なんてもらっていない」って。オイオイ。
なんでもポコポコいれる母は再度探しバックから探しあて
「あら8/10だって。薬が多い…」と納得ができない様子。
ちょっと心配。
日にちの感覚が弱い母は、新聞などで日付を確認せずに
薬を飲んでいないと思いこみ、さらに多く飲むのではないか…
とりこし苦労はやめよう。でも、危機管理も要するし、微妙。

あ、そうそう、母はやはり妄想があるようだ。
「折り紙を作ったものを箱に入れておいたのになくなっているの。
いつも同じところに置いてあるのに。やっぱり誰かもっていく
人がいるんでしょう?」って。私は何も答えなかった。

担当医から、そろそろひとりでは暮らせないのかも…とやんわり
言葉があって、さらに施設という言葉が出た。
ディサービスに通い、そこに入るのが一番混乱がなくていいとのこと。
そう思う。
が、しかし、母はディサービスに今後も行く気持ちがないようだ。
担当医に「あと2か月、いまのディサービスに行きましょう」と
会話の間あいだに3度勧められても母は3度とも返事をしなかった。

母の受け答えを聴いているうちに涙がこぼれそうになっていた。

そ、私は担当医に「この1か月はきつかった。母が進行していると
感じている」と。
担当医はやんわりと「良い面を捉えていきましょう」と答えた。


7月14日
サクラ