真実の姿はNG


今朝のお薬ですよコールは、事件!事件!
電話出た母は、ちょっとブルーな感じ。
私は「どうしたの?風邪でもひいたの?」と聞いた。
母は脚(腿の裏側)が痛いという。

よくよく聞くと昨日、少し離れた知人へ行ったとのこと。
「筋肉痛かなぁ。お家の中にいることが多いものね」というと
「スーパーまで往復できるし、脚が痛くなったことなんてないもの」
「そう、よかった。今、大丈夫?」
「いま?大丈夫って?何を言っているの?」と明るい声で言われた(苦笑)。
「あらら、ごめん。あ、それより薬!薬!」
「あ、待っていて」と元気。
そして「飲んできた」と急にブルー。なんだろうこの浮き沈みは?!
さらに「今日、病院なんだけど、2-3日前からお財布も全くないし、
診察券も何にもないの。一昨日、スーパーへ行ってテーブルの上に
置いたの。鍵がね、箪笥の横の…」と始まって、繰り返すこと3回。

黙って聞いていたけれど「ん~困ったねぇ。病院なのにねぇ」
「病院に行かない」
「薬ないのよ」
「だってお金もないもの」
「これまでお母さんが一生懸命に努力して薬を飲んできたのに」
「病院には行かない。行けないでしょう。ひとりじゃ…」
あ!っと思った。今日は一人で行く日。心細かったのだろう。
でも、お財布などがないというのは嘘ではないだろう。
不安が募ってあれこれ移動しているうちに見つけられなるというパターン。
母を見ていると思いこむと目の前にあるのに気付かない。
そして「ないの!どこにいったの?誰かが持って行った」となる。

私は「無くなると困るよね、困ったねぇ。そうだなぁ、
今朝は薬を飲んだし、まずはお茶入れてお父さんとおしゃべりしながら
ゆったりしてからもう一度探してみたら。誰でも気持ちが焦ると目の前に
あっても気付かないことがあるから。信じよう!」と言った。
「ちゃんと何度も探したもの」
「そう、ちゃんと何度も探したのね。それなら仕方がないね。
お隣の家に電話をするわ。あ、それより病院に電話をして事情を
説明しておくから安心して、病院へ行ってきて」
「お金なんて借りなくてもいい。恥ずかしい。あるもの!」
「そっか、わかった。おっと!お母さん、私、遅刻するわ」と電話を切った。

心配だったので、お昼に電話をすると出ない。
携帯にかけても出ない。ん~どうなることか…いやいや落ち着こう。
母は間違いなく病院へ行くだろう。
母は自分が物を探せない、どこかにしまい忘れているなどを
何となく理解している。そして、それを認めたくないし、
また他人から「ちゃんとしていない」レッテルを貼られると思いこみ、
それを避けたいと感じているだろう。自尊心がある。自尊心がまだある。
このことを私は嬉しく思う。

仕事が終わった20時半に母の携帯に電話をした。出た。
嬉しそうに「今日ね、ちゃんと独りで病院に行ってきたわよ」という。
「そう、よかったね。これから薬を小分けしに行くから」と伝え母のもとへ。
時計を見てもやはり30分以上かかる。
あまり意識をしなかったけどやはり遠い。

薬を小分けしながら何気に、かつ元気よく
「いやー今朝心配しちゃったわよ。お財布がないから病院へ行かないとか、
悲しんでいるし、ドッキリだった」
「え?お財布がない?あるわよ。そんなだらしないことしないもの。
ちょっと見つけられなかっただけだし、それにそれって一昨日でしょう?」

私にはとぼけているのか、ボケているのか、わからないけど、
ま、そこはスルーして話を横にそらした。

夕方は「お薬ですよコール」をしていない。夕方の薬の飲み忘れは1回。
ん~ま、その程度ならスルー。
飲み忘れがないか確かめるために小袋を保管するようにお願いしている。
あっちに3日分、こっちに5日分、そしてここにも…
本人はちゃんとしまっている、確かにそうかもしれない。
でもバラバラで、ちゃんとの意味合いが異なる。

で、こんなことより驚いたのは、私に用意していてくれたサラダ。
水菜とブロッコリー。ブロッコリーは茹でていない。生!
びっくりして「お母さん、ブロッコリーは消化に悪いので、
茹でたほうがいいと思うわよ」と言うと
「あら~何十年も生で食べていたわ」って!!!!!

母がもう料理をできなくなっていると思う。
魚を焼くことはできると思う。
2週間前に買ったマスがなくなっていたから。
でも、あんなに食べたがっていたイワシが残っていた。
もしかして、マス、誰かにあげたのかな?
お肉もそのまま。

2週間前にもショボショボになっていた大根2本がまだあった。
そして「私、大根を食べないからねぇ。だから買わないし、
誰が持ってきたのかしらね」という。
そして、ラッキョの液だけ、あっちの容器、こっちの容器に3つ。
2週間前にすてて、その時、1つだけあった。でもその瓶と違う。
ん~梅干しも…梅干しを見ていると母が「それね、だれ…」と言いだす、
私は気付かないふりをして、「梅干しってけっこうみんな漬けるものね。
一緒にしたくても味が違うから一緒にできないしね」とスルー。

細かいことを言い出すときりがない。でも、正直いって…。
おかずなし、何もつけず、俗にいうカラ食いで食パンを食べる。
担当医は「食べるだけいい」というけれど、そうかぁ?
患者の家族の気持ちがどこに?食べるだけいい、当たり前。
結局、困っているなら、改善策を考えるしかない。
でも母には改善できないかもしれない。
でも少なくてもディサービス以外は、たとえ続かなくても
言われたことはやろうと努力していると私は思う。

「0」を中心に考えると「~するだけいい」になる。
いまさら完璧「100」を望まない。二極化して考えていないので、
できるか、できないかではない。
そのプロセスや質が重要じゃないのかなぁ。
「パンを食べる時は必ず牛乳を飲みましょう」だけの話。
別にサンドウォイッチを作ることを望んじゃいない。

近頃、ホーリズムが少ないとつくづく感じている。
薬だけに頼っていても仕方がない。
だからといって私がどうできる。
一緒に生活してるわけでもない。
一緒に生活することを提案してもわずらわしいといやな顔をしている。
そりゃーいまさらたとえ娘にだって、本当の姿をみせたくないと思う。

8/24
サクラ