喜ばれたい気質100%


その後もお薬ですよコールは順調で、どうやら母も
日にちや曜日を意識しているように感じる。

そして、先週金曜日にホームヘルパー主任の川中さんから
電話が来て以来、先方から何も連絡がない。

ケアマネと訪問介護サービスは同じ団体なので
どちらかが連絡をするといいのだろう。
中止となった介護計画会議の日程連絡がこない。
しばらく様子をみよう。
先方も今週木曜日に母がどういう様子が気になるだろうし。

私は失敗があっても仕方ないと思う。
だって人間だもの。ロボットじゃないんだから。
クレームは起きないように注意する、そして、クレームが
起きてしまった時はまず誠意を持って詫びる。それだけ。

介護保険ができたころ「制度あってサービスなし」とも言われた。
そ、一番のサービスは何かを提供することよりも
リスペクトすることで、リスペクトなしに行うことは
「してあげる」系で「させて頂く」ではない。

私が9/20のタクシー事件について、9/22にケアマネへ話した。
その際、ケアマネは次のようにコメントをしていた。

「お母さんがサクラさんに自分の感情を話すことは
いいことで、おかしいと思わないほうがいい」

主観的に捉えると私はひどく汚された気持ちだった。
いいこと、悪いことの評価する問題でもなく、
まして私が母をおかしいと評価しているということだもの。
たとえアルツハイマーであっても母は母。
それに疾病で感情が炸裂していても症状であって
それを裁く問題ではないし、裁く人間として間接的に
評価を受けたと感じる。

でも、客観的にみると、おそらくケアマネにとって問題と
なっていたのは、自分たちではなく母であり、
そうした母のことをいう私である、という認知だったのであろう。


また、ホームヘルパー主任川中さんも私の話している主旨に
耳を傾けず、しまいに「いいですか?」としつこいとばかりに
電話を切ろうとしたのであろう。認知されていない様子なので
もう一度説明しているんですけど…といっても腑に落ちない様子で
小説のお題じゃないけれど『バカの壁』あり!って感じだった。
ここでも問題は自分たち側になく、母であり、そのことを言ってくる私、
が問題といった認知だったのであろう。

おおよそ自己保身が強い場合「問題になっているのは私以外のところ」と
受け止めているフシが見受けられるし。しかも俗にいうプチ優等生で、
適応することに意義を見出す「よろこばれる私」で過ごしている。

このパターンは手がやける感じ。
嫌われたくない症候群、好かれたい症候群とはよく言ったものだと思う。
都合の良い人でいきていて、都合のいい人を求める場合も多いので
「私はいい人」の思いこみが強化され、自分に対して不満を持つ少数の
人を真摯に受け入れられない。

「みんなに褒められるのに、この人だけが私に不満を言う」
   ↓
「この人がおかしいんだ」と多数決的な発想となる。

介護の在り方以前に介護職につくその人の
パーソナリティーに懸念を抱いた。
よく聞く燃え尽きシンドロームが起こるってこれかな。
いやいやいや~なりたてや若い方とは違って
割り切りは発達しているだろう。

「いい人」の上に「都合の」という言葉をつけて
こちらも対応していくしかないし、彼女たちが
気分を害さないように気を遣っていくといい。
こういう関係性はこのまないけど。
印象的にはこの関係性がベターと思われる。

母ですら「気分よく帰ってもらうしかないのね。
親しき仲にも礼儀ありっていうけど、ちょっとね…
利用者がお金と気をつかうのね。介護って変わっているわね」

ホントだ、最終的に人だよねぇ。


10月1日
サクラ