私は山崎八重の専門です。



母は一見落ち着いているように見えるが、
どことなく寂しさを我慢しているように見える。

先週の金曜日、受診だったので担当医に伝えるが
「お母さんは仕方がないと言っていましたよ」と
苦笑いを浮かべながら言っていた。

私はその様子から母のことを理解しようとする
様子を感じ取れなかった。

母は演じる。
勿論、仕方がないと思っていることも事実であるが、
本音は寂しくて、寂しくてたまらないのだと思う。
それを口にすると母自身、壊れてしまうように思える。
なぜなら母は「立派な母親」でありたいと願って
必死に自分を抑え込もうとしている様子が至る所に
見え隠れする。

それをだれも感じ取らない。
感じとろうとしていないと思う。

姉自身、母親として「立派な」「らしい」ということに
囚われ、必死にあがいている。
モデルとなる自分の母親のそうした様子を受け入れようと
しないし…本当は「そうであってほしい」と願っていると思う。

私だって母にはどーんと構えた母親であってほしい。
ずーっと前、そうだな、今から20年…そこまでならないかな、
母は毎晩「さくちゃん、帰っているの?さくちゃん、電話に
出て。いないの?」と電話してきていた。
その頃も仕事で帰りが遅かったので、帰宅して、母が残した
留守番電話のメッセージを聴くのが辛かった。
疲れて帰宅する私の体に重くのしかかり、疲れが増した。

母は姉にそうした姿をあまり見せない(と思う)。
私は母が同情で他者をコントロールするタイプということを
理解している。だからこそ私も苦しんできたし、どちらかと
いうと内罰傾向が強く、自分を攻めることになってしまう。

それを押し切るエネルギーを奮い立たせながら暮らしている。
でも、私はそんな様子を見せないし、またここでも内に秘めて
しまっている。出せると楽。母の疾病を考えると出すことは
やめたほうがいいし、自分なりに心のケアをしていく。

今日、月一回の担当者会議だった。
ケアマネージャーはどこか保守的な印象が強くなった。
やはり介護に家族は不在というような思考に思われる。

母がいたのであまりいなかったが、さびしさを緩和するためにも
訪問看護を望んでいるが「社会性維持のためにはディサービス」と
言っていて、今週からディサービス通所を週2回としたので
不要と判断している。

社会性への維持…私は社会的欲求の前段階を整えなければ
母はディサービスの通所もしなくなるだろう。
実際、先週土曜日と今週火曜日も2回とも「風邪」という
理由で休んでいる。
でもね、朝8時半のお薬コールでは「風邪は大丈夫だよ、
ディサービスに行ってくるからね」と言っていた。
急に不具合が起こったのだと思う、そうしか…。

着ていく服がない、靴がない、あれがない、これがない、
全てを整えるのも限界があるし、少しずつと思って
服をプレゼントしてもなくなってしまう。

来週からの出張を説明すると母は泣いて、
「いかないわけにいなかないの?」と言う。
そして

「ごめんね、どうして私、こんなに寂しくなっちゃうんだろう。
寂しくて、寂しくて仕方がないの。」

私は「秋から冬にかけて寂しくなるよねぇ~。なんだか
物悲しいって言うか…早く桜の咲く季節になるといいね」
といいながら、私は母の気持ちを思うと私まで泣きそうになった。

ガマン、ガマン、ここは泣いちゃいけない。

私は自分を言い聞かせ、訳もなく、トイレに向かい、
母に大きな声で「ねぇ~お茶入れて~」と叫んだ。

まず母の安全欲求を安定させないと
社会云々を望めないと思う。


そう、ケアマネージャーさんは気がついただろうか。
母は空白になっている様子を…。
母は一生懸命に考えたり、何かじーっと聞いている途中で
脳に血がまわらなくなるのか声をかけても反応がなくなる。

勿論、必ずではない。
話しの内容、そして、状況によってなんだけど。

社会云々の以前にやることがあると思う。

母は塗り絵も折り紙もしなくなった。
一人で継続して、持続して、ということがもともと得手ではない。
楽しみを見出す力って大切だと思う。

は~どうしたらいいんだろう…。
医師もケアマネもホームペルパーも専門意識があって当然。
私は「山崎八重」さんの専門、娘です。

乗り越えよっと。ちょっと考える…。


11月21日
サクラ