チーリップに想いを寄せる


その後、母はいつもの母に違いなかったが、
とても感情の起伏が激しい感じだった。
私は母を元々適応する力が弱いと感じている。
母は、これまで一戸建の自宅でノビノビと暮していたのに
朝8時から晩22時ぐらい迄、狭いマンションで独り、
ストレスもたまるのだろうから・・・と思っていた。

1週間ぐらい経って、ベランダを見ながら
「ここでトマトを作れる?」と母が私に聞いた。
「作れるよ。お家(母の家)のように鈴なりって
感じにはならないけど、チャレンジしてみたら?」
「そう・・・家のチューリップ、どうなっているだろう・・・」
そう言った母の声の感じと顔に感じるものがあって
「お母さん、誤解しないでね。ひとつの提案だからね。
一緒に暮したくないとかじゃないからね。
あのね、もう暖かいでしょう。もしお母さんが家に帰りたかったら
帰ってもいいんだよ。その代わり、冬にはまた来てよ。」と言った。
私の話が終わらないうちに、
母は「ホント!いいの?」と本当に嬉しそうに言った。
「え?ダメなの?」と言葉を返したら、「だって・・・」とモジモジ。
「あそこに家があるんだから。それにお母さんの自由なんだよ。」

こうなったさっそく行動開始。
母は中止していたガスを手配、私が電気と水道を手配をした。
物事の処理を苦手とする母にしては珍しく主体的な行動で、
母が心の中に秘めていた「帰りたい」という気持ちが痛いほどわかった。

何故か、思い出すと泣けてきました。母はあの家に住みたかった。
でも、体の衰えもあって、独りも不安だった。そんな葛藤があったけど、
「みんなが言うなら・・・」「この家を・・・」など色々な思いの中で、
物を処分したりしたのだろう。

母は本当のところ、自分の気持ちや考えがよく認識できていなくって
結局、人任せにしてしまうのだろう。
そして、誰かがやってくれるから、自分で覚えようとしないし、
やってみようとせず、長年、生活をしてきてしまった。
ある意味で自由人。好きなことだけをしていたい。
他の人がちょっとのムリが母にとっては重い負担と感じてしまうのだろう。
与えられた役割に過剰適応してきたのかもしれない。
今、私はそんな母を困ったババアと思いながらも愛しく感じている。

3月31日(土)
サクラ