告知
再診を受けた帰り、母とファミリーレストランへ行った。
母はとても機嫌がよかった。そして、食事を終え、
ひとしきりしゃべって、さぁ、お会計の準備をしょうと
お財布からお金を出した時だった。
「ほら、見て。お金の角がこうやって三角に折れているの」
「本当だね。いつ折れていたのに気づいたの?」
「今朝。昨日の夜、寝る前に見た時はなっていなかった」
「お母さん、腰に通帳やお財布をつけて寝ているんだよね。
じゃあ、布団に手を入れられて、お財布とか入れている
風呂敷を腰から取られても気づかないぐらい爆睡しているの?
健康的だねぇ。眠れないよりいいのかな」
「布団に手を入れられて気づかないことない!」
向かい合って座っていたけど、母の隣りに腰掛けた。
そして、母の手を握った。
「おかあさん、最後まで聞いてくれる?ショックかも
しれないけど、私は正直にお母さんに話すからね。
私は、たとえ癌でもお母さんに告知する。」
「癌なの?」
「違うってばぁ。『たとえ』だよ。普通、告知しないでしょう。
でも、私はその人ができるだけやり残すことがないよう、
最後まで自分の人生を生き抜いて欲しいと思うの。」
「そうだよね。言って!何?先生(担当医)から何か言われたの?」
「まず、ボケがどうかってことね。テストを2やったよね?
あの2つね、30点満点中25点以下が認知症、つまり俗にいうボケ
と診断されるのよ。でも、お母さんは25点以上だったの。」
「じゃあ、ボケじゃないの?」
「そうだよ、安心した?嘘じゃないからね」
「わかった。安心した。ありがとう、話してくれて」
「うん、私も安心したよ。でもさぁ・・・」
「でも、何?」
「間違えているところがちょっと気になるって・・・」
「え?何が?言ってよ」
「ほら、お母さん、自分のペースでノンビリと、太陽を
時計代わりにして生活しているでしょう?」
「うん、している」
「だからね、それがまずいのよ。時の概念が弱いの。
それと年齢なりに記憶が曖昧になるでしょう。だから
それがセットになると困るわけ。予防しなきゃ。」
「わかった・・・(お金に目をやる)。これ見て!」
「うん。これね、お母さん・・・お母さん、昔から何か考えながら
喋る時、のの字を書くじゃないけど、ハンカチや布巾を折ったり
伸ばしたりする癖があるよね」
「うん、そう言われてみれば・・・・」
「お母さん、これ・・・」「あぁ・・・」
母は、話をしながら、目の前にあった紙ナフキンを折っていた。
「私、ボケじゃないなら病気なの?」
「まだ検査中でしょう。だから断定できないの。だたね、
考えられることは、この後、認知症、つまりボケっていうの?
それの初期に入りつつあるかな、ということと、
統合失調症の初期に入るかな?ということと・・・でもね、
これはちょっと違うかもね。アルツハイマー病という病名も
候補に挙がっているの」「アルツハンマ?」
「違うって!アルツハイマー病(笑)。ハンマーは打つもの(笑)」
「そうか(笑)」「で、そのハンマーって?」
「だからぁ、アルツハイマー病ってね、認知症と微妙に違って。
いまね、研究が進んで、問題のある個所毎に名前が違うの。
で、アルツハイマー病ってね、アメリカのレーガン元大統領も
なってね。そうだなぁ、頭をよく使ってきた人、頭のいい人が
なりやすいのかなぁ・・・」
「私、やっぱり頭いいんだね(笑)」
「お母さん、そういう問題じゃないの!(笑)。も~、こっちは
心配しているのに、そこに反応するかなぁ~。ま、いいけど、
とにかく二次予防だよね」
「ボケじゃないけど、病気かもしれない・・・ごめんね、サクちゃん」
「大丈夫だって、まだ、間に合うから、一緒に戦っていこうね。
色々できることもあるから!(笑顔、笑顔)」
「わかった。ごめんね、サクちゃん。何をするといいの?」
「バカバカしいこともやってみる。子どもみたいで、フン!はダメだよ」
「そうだね、ボケたら困るものね。」
「そうだよ、困っちゃうよ。希望を捨てない!くさらず、焦らずだよ。
まず、ノートを買って・・・もったいないからって、広告の裏はダメだよ。
ちゃんとノートに書くの。ちゃちゃっとメモは予防にならないから」
「わかった」
こうして、この後も日を改めて、何度か同じ説明を聞いて
母はなんとなくアルツハイマー病を受け止めた・・・といっても
何かの時には「聞いていない」になるだろうけど。
それでも母は自分でノートを買ってきて、日記を書き始めたらしい。
5-6年ぐらい前まで母は家計簿と箇条書きで日記をつけていた。
お茶が好きだったけど、飲まなくなった。
お出かけの時、必ずつけていたダイヤの指輪もしなくなった。
しないことが多くなるとやはりまずい。
サクラ