試練によって与えられるもの


母に仕事の合間に電話をした。

今始まったことではないが、
母が電話に出た際の第一声が気にかかる。
寝起きのような声で「もしもし」と出る。
私が「お母さん、私」と言うと、ハッとしたように
「あ、サクちゃん?」といつもの声に戻る。

今日もボケかどうか、質問をしている。
症状と言われる【同じことを訊く】なのか、
それとも、もともとの母の性格上で質問しているのか・・・
微妙な感じで、ま、どちらでもいい。

それよりやはり母は以前より少し聴く耳をもった印象。
相変わらず時間の管理記録をつけていない。
時間管理記録はボケがすることと思っているようだ。

ちょうど母が「庭の手入れをずっとしていた」と言うので
「何時から始めたの?」「ずっと・・・」「いま、3時半過ぎよ」
「だからずっと・・・午前中」「ねぇ、11時も午前中だし、
9時も午前中だよ。」「・・・」「お母さん、好きなことって
時間を忘れてするよね。でも80歳を越えて、中腰になったりして
5時間もやっていたら、その時がよくても後で膝が痛くなったり、
腰が痛くなったりするでしょう。そういうことも含めて
自分の時間の見直しをするってことなのよ。」
「うん・・・。日記をつけているけど、誰かがもっていくの。
時間もね、書いているんだよ。でも無くなったの。
面白いのかね、きっと日記も見ていると思う」
「そうかぁ『時間管理記録をつけていない』って言っていたけど
つけているんだね。」
「そう、日記をつけている」
「え?時間管理記録のノートと日記のノートの2冊あるの?」
「そうじゃなくて日記だけ」
「じゃぁ、時間管理記録のノートも作ろうよ」

母は、ど~も言い逃れをする時に『誰かが』というような感じ。
そして母は、急に言い出した
「ねぇ、私、どこかにやってしまうんだろうか?」
「ん~そうかもしれないね。大事なものを大切に隠して、
その隠し場所を忘れちゃうってことかな」
「・・・ボケているんだろうか」
「お母さん、認知症のテストで25点以上だったよね」
「そう、認知症じゃないかった」
「そうだよね、お母さんね、ボケにこだわり過ぎていない?」
「そうかもしれない・・・・」
「あのね、お母さんは車椅子になりたくないよね?」
「絶対になりたくない!」
「じゃあ、時間管理記録をつけようよ」
「それとどう関係あるの?」
「あのね、脳ミソって、運動機能の部分と時間の管理の
部分が隣りあわせっていうか・・・。もし、お隣の敷地で雪が
たくさん積もっていたら、お母さんのお家にも支障があるよね?
なだれ込んでくるとか、被害にあうよね」
「そう、だから私はね、雪を一生懸命に処理するの」
「そうでしょう、一所懸命にお母さんはやっているよね、
それと同じでね、脳ミソも隣りがちゃんとしていないと
運動機能にまで影響があるのよ。だから言っているの。
わかってほしい。つよ君(姉の夫)もおねえちゃんも
桂太も心配しているんだよ。私たちの気持ちも察してよ」

「・・・病気なの?」
「前にも言ったけどアルツハイマー病の初期かもしてないの」
「怖い病気?」
「お母さんにどの程度言うといいかわからないの。だってね、
お母さんは心配性だし、あれこれ悪いほうに想像するから。
難しい病気で、20代でなる人もいるし、40代でなる人もいるの。
60代以降はなりやすいって。発見したドイツのお医者さんの
アルツハイマーさんの名前から病名がついたのね。
ここ何十年かで急速に増えているの。でもね、どうしてなるのか
わかっていないし、有効な治療薬や治療方法などがないのね。」
「このままならどうなってしまうの?桂太も知っているの?」
「知っている。桂太はね、独り暮らしに希望もあるだろうけど、
初めての独り暮らしで不安もあると思うの。だからね、余計な
心配をかけたくないから言わなかった。でもね、聞いたらしい。
先週かな、『おばあちゃま、大丈夫?』って電話してきたよ」
「それなら直接電話してくれても・・・(しょんぼりした様子)」
「お母さん、桂太はショックで直接お母さんとしゃべるのが
怖いんじゃないかな。お母さんはテレビを観ないけど、
桂太もアルツハイマー病のドラマを観たようなの」
「いつやっているの?」「もう終わったよ。」
「桂太も知っているんだね・・・・ごめんね。心配かけて。
みんな心配をしているのに、私ったら強情で・・・・
我儘ばかりだし、何もわかっていなくって・・・」

「痛くもないし、自覚症状がないとピンとこないからね。
アルツハイマー病って最後は歩けなくなることもあるの。
私はね、お母さんに庭の手入れをずっと楽しんでいてほしいの。
だからうるさく言っているの。ごめんね。症状が進んだ時、
どうなるかわかっているだけ気が気じゃないの」
「どうして先生(医師)が言ってくれないの?」
「そうだね、その先生によって告知をしない
主義ってこともあるし、そのへんはわからない。だってね、
残酷でしょう。私は家族だから、残酷なこともする」
「言ってもらった方がすっきりする。ありがとう」
「とにかく今ある機能を大切にするためには、弱まっている
機能を活性化させる必要があるの。だから時間管理の・・・」
「わかった、やるから」

私は母に
「お母さん、試練はね、神様が耐えられる人に与えるの。
不本意だけど、お母さんの試練によって、家族の思いやりや
周囲の調和が生まれて、お母さんはこの世の大切な仕事を
与えられているの。身をもって、立ち向かう姿を桂太や
私たち家族に学ばせてほしい」と言った。
母は泣きながら「私、我慢強いから。病気でもいいことがあるね、
迷惑じゃなくて教えることなんだね。」と言っていた。

母の病気によって失うものもあるけれど、
与えられることもあると思う。
この1年、姉とうまくいっていなかった。
だけど、母の病気がわかってから、姉と連絡を取り合い、
そして姉から「ありがとう」の言葉を受けた。
姉の温かさに触れ、嬉しかった。

この他に桂太が幼稚園時代に『菖蒲湯』の話しで
泣いたことも伝えた。母は覚えていた。

これですぐにやると確信がないし、繰り返しだと思う。
ただ、母の心の中に「家族が心配している」という感覚が生まれ、
他者信頼をもってほしいと願う。まずは、それだけでいい。


4月9日
サクラ