カエデちゃん、お願い


PCをあけると姉からメールが着ていた。
母に電話をしたようで「昨夜、気づいたけれど
玄関のドアチェーンが取られている」と言ってらしい。

数年前に玄関ドアを交換した。
ピッキング対策もされているドアで、
ドアチェーンがついてないと記憶している。

また、昨夜は10時半過ぎに私に電話をかけてきて
そんなことを一言も言っていなかった。
でも、何せ私の友達という人が母の頭の中には存在し、
様々な悪事を働いているらしいので、そうしたことを
私には言わないかもしれない。
日頃も「サクチャンに言うと悪いけど」などと言って
その手の話をチラーリ、チラーリと言うぐらい。

姉の話では、食べ物、着るもの、なんでもなくなると
言っているらしい。姉も聞いていて混乱するように思う。
私も床下に誰かが住んでいる?と思うことがある。
姉は離れているし、この10年近く里帰りをしていない。
姉にすると、何が本当か?と思うかもしれない。
どちらかというと姉は決着をつけたいほうに思える。
確かに白黒つけたほうがいいのかもしれないけど、
つけたからといって母の病気が治るわけじゃないし、
逆に悪くなる場合もあるから、そっとしたい。

姉にお願いをした。
①「あの人(私のこと)が***と言っていた」
 「誰々がこういった」「○○がこうだった」など
 事実だけを伝えないで欲しい
②「私たち」という表現をしない
③「お母さんは」「お母さんが」と主語を母にしない
④会話の中の登場人物を「~なんだねぇ」と肯定する

その理由も伝えた
①母は、あれこれ考えだして妄想が始まる
②自分は違う、自分ははずされていると感じ、
 被害者意識が始まる。
③責められていると感じ、攻撃性を強める
④火に油を注ぐようになり、陰性感情を膨らませる

実際に母と接してつくづく思う。
いつも姉について「カエデは自分を世の中で一番えらい
と思っている。何でも自分が知っていると思って威圧的。
サクチャンのように優しく、わかりやすく言わないし、
すぐに金きり声をあげて『おかあさんは』っていうの。
話したくないけど、電話をしないでって言えないでしょう」
と言っている。しかし、私は、母が姉への不満を私へ、
そして、私の不満を姉へ、と言っていることを理解している。
耳の遠い母は、私が側にいることに気づかず、
姉に電話で話していて、それでバランスを取っていたようだ。

私は、いくらなんでも姉は姉。
短所もあるけど、いいところもたくさんある。
先日、母が姉への不満を言っていたとき、
「そうだね、お姉ちゃん、心配性だからね。お姉ちゃんは
表現が悪いけど、お母さんを、すんごーく心配しているんだね」
と母の不満を肯定もせず、否定もせず、のらりくらり返しをした。
母は「そうなのよ、私を心配しているのよ」と言っていた。

自分への思いがある、と言われると嬉しく、最終的に
おおげさではあるが「自分は愛されている」と思うようだ。
母が姉にやさしくされたいのではないかと私は思っている。
「こんなに大変な私」を伝えることで、何か優しい言葉を
かけてもらえるように無意識の中で考えていると思う。

かつて姉が母の思いを受け止めてきたと思う。
父が亡くなり、母は姉の結婚を同居条件に許したようなもの。
いやいや、その前に姉が「私だけ幸せになれない」と言って
兄(夫)に同居を願ったと記憶している。
更に母は姉が夫の転勤で海を渡ることになった時、
「見捨てる」という言葉を口にした。
私は母から「見捨てられた」と何度も聞いていた。
私も同じように「見捨てる」という言葉を与えられていた。
とにかく側にいて、母の痒いところにタイムリーに手を当てる、
これが母にはとってかけがいのない幸せと感じているように
私は受け止めている。

母・八重は母親を求めている。母子一体型の関係を。
以前、私は「お母さん、親って、子どもが健康で一生懸命に
生きていると幸せを感じるものじゃないの?子どもの幸せが
親の幸せだとよくいうけど、違うの?」と聞いたことがある。
母は「勝手な言い草よね。一人で大きくなったつもり?」と
感情を振るわせた。

過日、母について「他人と自分の区別がついていない」と
コメントを受けた。図星!私も同感!
仮感情をもち、私や姉も仮感情を保持し、まさに共依存こそ、
母の理想とする親子関係と感じている。

姉には丁重(のつもり)にお願いした。
姉の出方次第で、けっこう母の周囲は震動が起こりうる。
頼む!カエデちゃん!カエデちゃんと八重さんだけの
問題じゃなくなるから、そこのところよろしく。

本当に『個と集団』。背景には集団がいる。
母を取り巻く人へ陰性感情をもたせることは
ひきこもりを増長させ、ゆくゆくは治療にも影響する。
私は少しでもスムースに流れることを願っている。
自分がいい顔をするつもりはない。
確かにスムースに流すことの力を注ぐのは、自分のため、
そして、姉家族の平和と負担を軽減することになる。
母のため、とか、皆のため、とか奇麗事は言うつもりはない。
私は仕事をやめられない。

5月14日
サクラ