まいった、まいった


10時過ぎに母から電話が入っていた。
折り返し電話をすると信託銀行の手続きをしてほしい、とのこと。
「手続きに必要なものがあるわよね、いつまで」
「13日」
「え?13日!明後日でしょう?!書類とか印鑑を取りに行けないわよ」
「持っているでしょう?」
「持っているって?私が?」
「だって家にないもの。管理のために持って行ってくれたのでしょう?」
「黙って持っていくはずがないでしょう」
「そうだけど無いもの」「よく探した?」
「そりゃぁサクチャンにしてみると友達が持って行ったなんて
考えたくないだろうけど持って行ったのよ」
オイオイ、私が持って行ったって話じゃなかったのかぁ?と思いながら
「そうだねぇ、お母さんの中で事実なんだと思うけど、
そういう友達はいないからねぇ。どうしようか」
「どうしようって言われてもねぇ。わかるわよ、友達を信じたい気持ち」
ここから延々と約1時間。頼む、授業が始まるし、ここで休憩をとったら
後で食事時間もとれないのよ。思い余って、
「お母さん、私はこれから授業で、お母さんの話を聞いていられないの。
あとで連絡するから。とりあえず、その印鑑や通帳をもう一度探してみて」

以前に姉経由でそれらがないと聞いた時、母に直接聞いてみると
「それは(ないということ)随分前の話でしょう。どうしてカエデちゃんは
そういうことを言うんだろう。ある時もあるし、ない時もあるし」と意味不明。

で、夜、ひと段落して、PCメールを開けると、ケアマネからメール。
母はケアマネに電話して「電話じゃなんだから来てほしい」と涙ながらに
言ったそうで、ケアマネが飛んでいってくださった。
次女が通帳や印鑑を持って行っているけれど管理のためと思っている、
それを言ったら、ごめんと言っていても電話が切れた、と。
オイオイ、なんでもいいわ。何がどうであってもいいし、何を言われてもいい。
私が一番悲しいのは、相手の都合を理解しようとしないこと。
私は1時間近くも話しを聞いた。
母にすると納得できない回答だったかもしれないけれど、
母の納得できる内容を話すことができないし、
母の思いで仕事を休むこともできない。

さすがに母に「お母さん、私は電話切る理由を言わなかったかな?」と聞いた。
母は「授業だったんでしょう」と当たり前のように答えた。
「お母さん、自分が話したい分だけ話せないといっても、それは仕方がないの。
相手にも都合があるんだから。私もお母さん中心でいられないのよ」
「わかっているけど…ケアマネにも話したけど、さびしいんだと思うの」
「お母さんが寂しい気持ちもわかるの。お母さんが寂しいって感じても、
私、あの時点でどうできる?『母が寂しがっているので帰ります』って言う?」
「言えない」
「そうだよね、お母さん、人には都合ってものがあるの。
お母さん、さっきトイレに行きたいって言ったよね。
それで、私は電話を切ったよね。私は怒っていた?」
「怒っていないでしょう?!」
「そうよね、私の感情でお母さんのトイレに行くことをとめられないでしょう」
「そりゃそうよ」
「同じよ。お母さんの寂しいという感情で仕事を止められるわけないの」
「よその人も一緒だよ。ケアマネもお母さんだけのケアマネじゃないの。
他の仕事をとりあえず置いて、来てくれたんだと思うの」
「そう思う」
「あのね、お母さん、アルツハイマーだからって言っても初期だし、
お母さんは分別が付くと思うの」
「うん…」
「あのね、直接会って話したいならば自分で行くのが本当だよね」
「そう、そうだ!」
「私に聞いてもらえない、じゃぁ、ほかの人。その様子からもお母さんの
寂しい気持ちを理解しているし、受け止めているよ。分別だけはつけたいね」
「ごめん、そうだね。みんな仕事をしているんだよね」
「あ、携帯がなっている!」
「あら、お姉ちゃんじゃないの?」
「出たくない。(呼び出し)音がうるさいから、布団に入れてくる。待っていて」

姉と数分前に話した。ひどくエキセントリックで「仕事だから切ります!」と
姉は電話を一方的に切った。
私が母の様子が気になったので、姉に電話をした。
「お母さん、何か言っていた?通帳のこととか」
「知りません」
「ほかに何か言っていなかった?」
「お母さんに言わないでって言われているから。
それにね、何がなんだかわからから。嘘ばっかり!
お母さんの言うこととあなたの言うことが違うし。
お母さんはあなたのことを信頼していないの。
色々な思いがあって、いろいろあるの」
「色々な思いって?お母さんは何を思っているのか教えて」
「お母さんを怒鳴って、お母さんがどんな思いをしているか」
「私、怒鳴ったことがないわよ。お母さん、私に怒鳴られるっていうの?」
「言っていないけど。どっちにしても私は関わりたくないの。
施設に入れるのに400万円かかるってこっちはかからないの。
こっちで施設に入れるから。あなたは信用されていないの。わからないの?!」
「私は現状のお母さんを施設に入れるつもりがないわよ。
もし施設が必要になったら400万円かかるって言ったのよ」
「そんなにかかるわけないでしょう」
「どういう施設かわからないけど、いずれにしても今、お母さんを
施設にいれるつもりはないし」
「あなたは信用できない!お母さんを引き取りますから」
「何をそんなにいきりたっているの?そういう話じゃないよね」
「行政がどうの、っていうのも嘘!勝手にやるといいでしょう。
山崎家の問題に私は関わらないの」
「関わらないって…お母さんがどういう思いなのか必要だから。
治療する上で、情報って必要だよ」
「私は、あなたに話したくない!話す必要を感じない!」
「必要だと思うわよ」
「拒否します!勝手に親子でやって下さい!仕事なので電話を切ります!」

こんな具合だった。
隣にいた同僚が受話器からもれる姉の声に驚いていた。
実の妹ですら、驚嘆する。母は妄想をするけれど、
話の筋がおおよそ通っているし、姉よりまともに思う。
姉を心配に思うが、私は母を優先して考えていく必要がある。

ちょうど甥から電話がきて、話をしているうちに
私が「ねぇ、お母さん(姉)はどう?大丈夫なの?」と聞いた。
「何かあった?」「うん、ちょっとね…」
「僕もさぁ、心配なんだよ。おかしなメールがきて…」
おおまかな話をした後で、甥が「ねぇ、お母さんもアルツってことないよね」
「それはないんじゃない?更年期かな?でも不安定が強すぎる感じ」
「そう、もともとお母さんって不安定だよね」「そうだね」
「僕のことはもう心配しなくていいでしょう。それなのに…」
「誰かの面倒をみてずっと生きてきたから…こういうとケイには
重いかもしれないけどいなくなって、どう生きていっていいか
わからないのかもしれない。自分が見えていないっていうか…。
ケイも大変だね」
「僕は何一つ不自由なくさせてもらっているから大丈夫だよ」
「そうね、何一つ不自由がないかもね。私も何ひとつ不自由がなかった。
でもね、最終的にお金や物じゃないからね。私、病んだもの。」
「そうか…」
「私、来月、泊まる予定だったけど、ホテルにしようかと思って…」
「どうして?泊らないの?」
「だって、私が行って波風たって、仕事で疲れて帰ってくるお父さんに
いやな思いをさせたくないもの。申しわけなくて…」
「そうか…難しいね」
「うん、そうなの。ごめんね、ケイが大人になったので、つい話ちゃった」
「いいよ、大丈夫」「ありがとう」

甥には助けられている…というか、見えない力で支えられている気がする。
今回の姉の支離滅裂ぶりは、かなりひどかった。
母は「貧乏な家にわざわざ行きたくない」と言ったそうだ。
姉のところは、決して貧乏ではないけれど、姉の経済センスの崩壊により、
母の心労は強まる。

私は母の最期が家であってほしいと願っている。
時々妄想を言い出しても、庭いじりをして、雪と戯れて、生活スタイルは
できるだけ母の望むようにしてほしい。施設は最後の手段。
母もそのつもりなので、母なりに努力をしている。

6月11日
サクラ