薬の管理
母の受診日。
数日前、母は姉からお金を貸してほしいと依頼され、断った。
姉の「貸してほしい」は結局返ってこない。
母は、明日にでも死ぬならどうでもなるけど、今後、
どのようになるかわからない、これから入院することもあるかも
しれないし、お金のことならツヨシ君と話しあうように伝えたが、
姉は引き下がらず、差し押さえにあう、と言って泣き出したらしい。
しかし、母も本当にどうにもできないようで、母も泣いたらしい。
それを話しながら泣き、「私があんな風に育てた…」と言う。
私は母に「断るなんて辛かったでしょう。でもよく断れたね」と言った。
「うん、辛かった。でもね、一度電話をきってから、また、カエデから
電話がきてね、『おかあさん、ごめんね』と言ってきたの」と母なりに
自分で心の均衡を取ろうとしている様子が感じられた。
姉とはいえ、私は姉を不憫に感じる。
そして、母とはいえ、母をも不憫に感じる。
母と姉は共依存して生きてきたけれど、ここにきて、ようやく二人とも
自立したように思う。
ちょうどこの件があって、母は再び状態が不安定になり、
誰かが、裏庭の物置(カギ付き)に空き缶を置いていったとなって
交番に電話をして警察官にきてもらっている。
そして、父の遺影につかっている蜀台などをもっていかれたと言う。
空き缶は母が飲んでいるトマトジュースと野菜ジュースの空き缶で
「ちゃんと捨てているのに」というが、時の概念が弱いので、
週一の資源ごみ回収で出し忘れといった様子。
また、蜀台などは、押入れの戸袋をあけると置いてあった。
母は「蜀台とか危ないからサクチャンがもっていったと思っていた」と
言っていたので、見つけることで「やっぱりサクチャンが…」となるので
本当は探して見つけるのがイヤだった。
薬をジップ付きの袋に日付と飲むタイミング(朝/夜)とひとまず入れた。
しかし、母は時の概念が弱いので、医師からの指導により
薬時間に電話をかけることになった。
母とノートを広げルールを記載していった。
①朝ごはんは、7:45~8:15に食べる
→サクラは8:30前後に電話をかけ、その場で薬を飲んでもらう
②昼ごはんは、12:00~12:30に食べる
→電話はなし⇒薬なし
③夜ごはんは、5:30~6:00に食べる
→サクラは6:15前後に電話をかけ、その場で薬を飲んでもらう
**もし、仕事の都合でサクラが電話をかけれない時は、
朝は9時迄に薬を飲む、夜は6時半迄に薬を飲む
④食事は必ず3食、ご飯、お味噌汁、温野菜、魚or肉 を食べる
⑤毎週土曜日は、何があってもディサービスに行く など
母には薬を間違えて飲んだ時の副作用を説明し、
食事がどうして大切か、食事と薬との関係なども説明した。
母は「村木さんのおじいちゃんがね、薬をいくら言っても
間違えるそうで、奥さんがぼやいていたの。私もそうなのね。
サクチャン、ごめんね。本当にゴメンね」と泣いていた。
私は「そういう状態かどうか、ってことはまだわからないでしょう。
お母さん、そういう状態になってからじゃ遅いのよ。
とにかく間違いが起こらないようにしていかないとね」と言った。
母には今の自分を受け入れがたいと思う。
人一倍、完璧で、几帳面な自分である、ありたいと願ってきたから。
姉にいうと話がやはりややこしくなる。
先日、母が私の友人宅へ電話をして、友人の夫が対応したことを
「ご主人の電話にまでかけたんだって?」と言ったそうだ。
私は姉に発言を控えることを望み、なぜならこういうことが起こる、
を伝えたのだが、姉には私の主旨が伝わらなかった。
薬時間の電話かけを、私ができない時に変わってほしいと思う。
しかし、姉から電話がくると母の譫妄などマイナス行動が起こりやすく、
医師からも姉に電話をかけないでほしいと言ったほうがいいですね、
と助言を頂いている。
姉は自分しか見えない。母の病気よりも、自分の問題が大きく、
姉がクレイジーになって言っていることはお金からみのことばかり。
通帳がどうした、お金の引き出し方法がどうした…
そして、母を引き取る、こっちの施設に入れるなどという。
母は既に治療を受けている。姉はまだ受けていないだろう…。
私は姉も治療が必要な状態と感じている。
私は今は母を支えることと、自分の日々の生活で精一杯。
6月22日
サクラ