忘れちゃうの・・・
おかげさまで母は落ち着きを取り戻した様子。
しかし、泣きやすい。
でも、これまでありえなかったことが1つある。
私は母がたとえ理解ができなくても説明し、
状況に応じて、繰り返し説明してきた。
母は投薬を受ける前、何か説明すると
「人を馬鹿にして!」と憤慨していた。
アルツ薬の投薬が始まって、聴くようになった。
でも6月22日からアルツ薬5.0㎎になってから
好意的に聞いても、落ち着きがなく、上の空的だった。
そして、7月13日からアルツ薬5.0㎎にプラスして
興奮を鎮める薬が始まって、落ち着きを取り戻し、
ちょっと泣きやすいと感じるけど、興奮状態ではなく
緩やかな印象。
そして、これまでのように私が何か説明すると
「あのね、サクチャン、私、聞いても忘れるの。ごめんね」と言った。
ありえない母の言葉だった。自分の忘れるということを受け止めた!
ちょっと気持ちが悪い。母が自分のマイナス要素を認めるなんて!
私は「忘れてもいいわよ。まずは聴いて。それでいいから。
説明を聞かず『やってくれているらし』よりも『説明を受けたけど
わすれちゃった』のほうが、まだ現実に進んでいるって感じると
思うんだけど。どうかしら?」
「そうね、そうよね。確かにそうだわ。でも面倒くさいでしょう。
忙しい中、わざわざ話して忘れられちゃうなんて」
「別に。忘れちゃったらしょうがないでしょう(笑)。私だって
忘れることもあるし、それに私の場合、最初から適当にしか
聞いていないことがあるけど、お母さんは適当に聞いているん
じゃないでしょう?理解しようと思って努力したけど、ってことよね?」
「努力してできないなんて…」
「そうね、悲しいかもね。でも、お母さんは私に努力こそ大切って
教えてくれたわよね?お父さんからもできないながらでも努力する
姿勢こそ大事なんだって教えられたわよ。」
「そうだったわね。そう、そうよね」
「でしょう?人って得手不得手があるし、お母さんは覚えることが苦手、
私はお裁縫が苦手ってこと。それでいいでいいと思うんだけど。」
「あら、そうね。フフフフ」
「ね、そうでしょう(笑)。忘れるって、時にはいいわよ。
何でもかんでも記憶しているなら、忘れたほうがいいことも
覚えていて、体に悪いから」
「そうね、考えかたひとつだわね」
「そう、それよ、それ。私はね、お母さんが身をもって努力することを
教えてくれていると受け止めるから。これからも忘れてもいいから
努力する姿勢だけは私に教え続けてね」
「…サクチャン、ありがとう。そうするわ。ありがとう」
母は「ごめんね」から「ありがとう」という言葉も多くなった。
嬉しい。私は母から「ごめんね」よりも「ありがとう」を聴きたい。
あ、母との話の内容は、今後のこと。
母は要介護1になったので、地域行政から国レベルのケアになり、
改めてケアマネージャーが必要になった。
色々なケアマネージャーがいらっしゃるようで、
実際に時間をかけて話してみないとわからない。
この件については、改めて。
ひとまず私は寝る。
7月18日
サクラ