平和を取り戻す方法


ここ数日、ようやく母が「お薬ですよコール」に
スムーズにでるようになり、ひと安心。

そして、今朝「薬がない!」騒動もあった。
いつも通り「おはよ、薬を飲むよぉ。朝ごはんを食べた?」
「食べたわよ。ちょっと待っていて」と薬を飲むために
母は受話器をひとまずおいた。

ガシャガシャガャシャ…ん?いつもと様子が違うゾ?!
先日から朝晩の薬をカレンダーに貼りつけてきたので、
「ちょっと待っていて」のあとは、一瞬しーんとなる。
このしーんの間、母は薬をカレンダーから外している。
でも、今朝はガシャガシャガシャ…いやーな予感。

そうしているうちに電話の向こうから「あれ?あれ?」と聞こえ、
そして母が「サクチャン、薬がないわ…」と言った。
心の中で「出た!」と思いつつ、何食わぬ感じで
「ない、か…。カレンダーに貼ったけど、テープが外れたのかしら。
床に落ちていない?ちょっと見てみて」
「床になんて落ちていない。信じてよ、嘘をついていないもの」
「嘘?床よ、床」
「だって昨日の夜ね、薬を飲む時になかったもの。だから『あさ、
サクチャンったら間違えたんだなぁ』って思っていたの」
「そう、私が間違えたってね。もう一度、床に落ちていないか
確認してもらえる?」
「落ちていないわよ。」と徐々にヒートアップしてきた。
「そう、あ、そうだ…」と私は話を変え、甥の話をし始めた。

5分ほど話すと母のヒートアップは治まり、再び薬について確認。
「そうだ、薬だね、うっかりしていた!盛り上がっちゃったわね」
「だから昨日飲む時にはなかったのよ」
「そう、ねぇ、深呼吸して、私のためにあたりを見渡して」
「深呼吸して?あたりを…あ!」
そう言い残すと母は受話器を置いた。

「あった…」
「そう、よかったね、めでたしだね。さ、飲んでしまおうね」
「戸棚のところに…飲もうとして置いたのね…」と泣きだした。
「あら悲しいの。そう、悲しくなったの…薬を飲んで吹き飛ばそう!
さ、ひとまず飲んで。それから泣こうね」と促し、母は再び受話器を
置いて薬を飲んできた。

「よかったね。人間だれでもうっかりってことがあるから、
結果よければ全てよしってことで。めでたしだわ」
「だって…」
「お母さん、悲しい気持ちもわかるわ。でもね、私なんて毎日、
数時間ごとにうっかりばかりだわよ。うっかりの度に泣くのであれば
もしかして一日のうちで泣きやんでいる時間がないかも」
「そう、ごめんね」
「大丈夫だってぇ。あったんだから!今朝も薬を飲んだし、
これで元気に一日暮らせるわよ」
「そうかしら…」となかなか泣きやまない。
「お母さん、私ね、いけないことをしているの?」
「いけないこと?誰?カエデ?」
「違うってばぁぁぁ~。お姉ちゃんはどーでもいいの。私よ、私」
「サクチャンのこと?どうして?」
「だっていけないことをしてお母さんが泣くのであればわかるのね。
でもね、こうして『お薬ですよ~』って朝のご挨拶電話をして
お母さんが泣くのであれば、私、いけないことをしているのかな、って
悲しくなるのよ」
「サクチャンはいけないことをしていないわよ。毎朝、こうして電話を
くれて、本当に感謝しているのよ」
「ホント?!嬉しい!じゃぁ、泣かないでほしいの。
今朝もめでたしでしょう?」
「サクチャンって『めでたし』っていう言葉が好きよね?」
「そう、大好きなの。傘回しをしたいぐらいよ」
「傘回し?」「ほら、お正月に『おめでとーございます』って
傘を回す芸人さんがいたでしょう。え~っと何という名前だった?」
「あらサクチャンでも忘れることがあるのね」
「あ、朝からボケボケだわね。へへへへへ。ま、朝だから仕方がないわね」
「朝って忘れっぽいの?」
「そうよ、脳に血液が十分いっていないし、朝ごはんを食べたとしても
血液がまわっていないから脳に栄養も届けられていないでしょう?」
「そうか、なるほどねぇ」
「ってことで、私、仕事だから。今日は地方からいらしゃるの」
「そう、頑張るね。いっていらっしゃい」
「ありがとう、なんだかすんごーく頑張れそうな気がするわ。
応援していてね」

…ということで、平和を取り戻した。
たぶん母は予想外のことが起こると焦る。焦ると頭が真っ白になり、
とにかく自分を守るためにあれこれ言いわけが始まる。
これが始まったら、ひとまず、別の話。
時にこの作戦が裏目になることもあるけれど、今朝は成功。

それにしても私以上に頭の回転が速い。
私であればマズイ!と思ったら、誰かのせいにすることもできず、
何も言わなくなって、頭の中に「どーしよう」という文字が飛び交う。

アルツの人って頭がいいと思う。

8月16日
サクラ