利用者あって家族なし


いやな予感があたってしまった。
夕方、ケアマネから「お母さんがホームヘルパーの利用をやめたいと
電話をしてきました」と連絡があった。あらららららら…

先日のホームペルパーさんと買い物に行った際、
配慮とはいえ強引にタクシー利用になったことが
母としては納得していない。私も同じく納得していない。

明日はケアマネ、ディサービスの担当者さん、ホームヘルパーさん、
そして、母と私の5名で今後のサービス確認をする予定だった。
この件があって、ひとまず保留となり、ケアマネ、ホームヘルパーの
責任者、そして私と母の4名でサービス内容の確認をするようだ。

先日、母に当初のサービス確認の打ち合わせがあると伝えていたが
今回の件で脅え(?)、「恐ろしい、みんなでいじめるんでしょう」と
言い始めた。母としてはバツが悪かったと思う。

突然私が電話をして
「お母さん、明日ね、この前言っていたようにケアマネ、
ディサービスの担当者さん、ホームヘルパーさん、そして、
私とお母さんの5人で今後のサービス確認をするんだけど、
ホームヘルパーさんにこのまま来てもらうからね」
「え?何が?」
「ん?ほらホームヘルパーさんが来た木曜日の夕方に電話を
した時、足ももう痛くないし、ホームヘルパーさんに来てもらわなくても
と言っていたよね。だから念のための確認なのよ」
「あ、だって足はもう痛くないし…」
「ということは足が痛くないからホームヘルパーさんに来てもらわない
ってことかしら?」
「足、痛くないの」
「足ね、今は痛くないよね。それでね、ホームヘルパーさんよ」
「あの人が言ったんでしょう?」
「え?あの人って?」
「あの男の人よ」
「あの男の人って尾形さん?尾形さんがどうかしたの?」
「別に…」
「尾形さんと話したの?」
「話していないわよ」
「じゃあ、尾形さんのことは置いておこうね。でホームヘルパーさんよ。
今、足が痛くなくても、これから冬なのよ。でね、冬になって急に来て
ほしいとなってもね。手続きもあるし、私はホームヘルパーさんに
このまま来てほしいと思っているの」
「足が痛くないもの。尾形さんから電話がきて言ったもの」
「尾形さんと話したのね。断ったの?」
「断っていないわよ。足が痛くないこととタクシーを使いたくない
ことを話したの」
「そう、じゃあ問題ないわね。私からもお母さんが歩きたいと
言うときは歩いて帰ってほしいと伝えたから」
「私が言わなきゃよかったんでしょう」
「そういう話じゃないから。私はお母さんの気持ちを理解したいし、
でも私としてはホームヘルパーさんに来てもらうことを望んでいるし」
「私の気持ちを伝えるのに電話をして自分で伝えたもの」
「そう、自分で電話して伝えたのね。何て伝えたの?」
「私は断っていないもの!そうやって嘘ついて、陥れて」
「ん?陥れてないでしょう?」
「みんな心配しているのよ」
「見張られて、みんなでいじめて」
「誰もいじめていないし、ヘルパーさんも見張りに来ている
わけじゃないでしょう」
「歩きたいと言ってもタクシーの一点張りだし、せめて大通りまでと
言ってもタクシーで、10円下さいだよ、何しに来ているの?
私の自由を奪いに来ているんでしょう」
「お母さんを案じてのことと思うよ。あとで足が痛くなると
お母さんがつらい思いをすると思ってくれたんだと思うよ」
「あ~サクチャンは善人だ!立派だ!そうやって私を悪く言う」
「お母さん、悪く言っていないでしょう?他の人を悪く思っても
仕方がないし、そんなつもりじゃなかったんだから。理解しようよ」
「もういい!私なんて死んでしまうといいんだ」
「・・・・」
「あ~~~」と叫びだした。どうにもならない。
「お母さん…」
「いざとなったらして、そう『やってやった』って言うでしょう?
みじめだ!死にたい!みんなで私のことを馬鹿にして」
「お母さん、誰もお母さんのことを馬鹿にしていないよ」
「あの男の人も恐ろしい」
「心配してくれていると思うよ。私はそう感じるもの」
「お母さん、まずは信じよう。私もついているから」
「…」
「あとでまた電話をするからね」
仕事中でもあったため、こう言って電話を切り、
ケアマネ尾形さんに電話を入れた。

最初、尾形さんから電話が来た際にちらっと感じた。
どーも利用者あって家族の存在が希薄のようだ。
先日、ホームヘルパーの責任者の方にタクシーの件、
そしてその他の件について話し、今回、施設責任者でもある
尾形さんからコメントも何もないので改めて私も遺憾に
感じていることを伝えた。
「明日、お母さんにお詫びをしようと思っています」って。
在宅総合センターのセンター長として、家族にひとまず
申し訳ございませんがあると思うけど、ないし。

先日の「お嬢さんに自分の気持ちを伝えられることは
いいことで、それをおかしいとか思わないほうが…」と
全然筋違いの話になったし、どこか受け止め方が違うのだろうか。

障がい者を一番理解して、私たちこそ向き合っている!
という自負なんだろうか…仕事として介護・看護する人もいるし、
でも家族があってのことと思う。何でも請け負うのかしら?
何かあった際、家族に代わって全て責任を負うのかしら?
誇り高く介護・看護に力を注いでいることも理解する。
だた誇り高さゆえに見落とすものもあるだろう。

家族に対する考慮や共感が見られない。
母がまだ要支援の時にお世話をして下さったケアマネには
家族に対する共感なども見られ、本当に支えられた。

私は正義とか、愛に置き換えがちな様々なものも見てきた。
もし、そうならば勘弁してほしい。
私は母を愛している。
誰よりも母の切なさも短所も長所も理解している。
100人いると100通りのパーソナリティーや家族間の
交流がある。
認知症の家族は理解していない、わかろうとしていないなんて
大きな間違い。みんなわかりたい。何とかしたい、と思っている。
そして、その中で葛藤をしているのだから。

明日、今後もホームヘルパーさんが派遣され、
相互理解が深まることを望んでいる。
そして、今後、姉が出てこないことを祈る。

9月26日
サクラ