熱さが弊害か?!



私にはわからない。
ヘルパーさんが来訪するので、別途、訪問することを
遠慮してほしいと伝えた。
でも、介護ステーションはその意向を無視した。

彼らは決して悪い人たちじゃない。
ただ、一生懸命すぎるというか、利用者本位というか、
利用者の気持ちを想像し、走り過ぎる傾向がある。

私は、この訪問に対してあえて費用を払うと申し出た。
なぜなら利用者が費用を負担することになれば、
利用者思いの彼らは走る前に考えるだろうと思うし、
また、母の「なんでもあり」を止めることもできる。

母の性分は、理解している。
「困ったことがあったら電話をして下さい」と
言われると、自分でやってみないですぐに人を呼ぶ。
極端な表現だけど「ここにおいたお茶がない」ということで
警察をよんでしまう。事実、同じようなことをやった。

こうした背景や私の心情を理解せず、「遠慮します」と断ると
「かわいそうに。娘は何もわかっていない」と自分たちが
高齢者の気持ちをどれだけ理解していうかに発展する。

今回、私はとても遺憾であった。
請求を依頼すると介護保険でモニタリングということが
義務付けられていて、請求できないと言ってきた。

あの日、「母の様子がこのところへんなので、本日、
ヘルパーさんが行った時に何気なく投薬を間違いなく
服用しているか見てきてほしい」と依頼した。
返答は「これから行ってみてきます」だった。
私はあえて行くことをお断りした。
そして、行くこと、そしてモニタリングについても説明されず、
訪問したヘルパー主任から来たファックス文書は決して、
その介護保険で義務付けられたモニタリングの結果を
報告してきている内容ではなかった。

また、利用している介護センターとの契約時に
モニタリングについての説明も受けていない。
独居である場合、家族は無視されるのか?
日頃から、頼みっぱなしのような状態であれば、
事前連絡が不要かもしれない。
しかし、こうして関わり、当日も電話で話し、
「訪問するヘルパーさんに何気なく…」といった依頼である。

このヘルパー主任から着たファックスがふるっている。
「娘さんには遠慮しているようで…」
「私は○時頃訪問し、喜んでもらいました。そして…」と。
別にあえて「ようで…」というニュアンスで受け止めたことを
本人(私)に言ってきたり、「私は喜んでもらった」と言って
くるのがまったく論外。

もと看護師であったと聞いている。
看護師をやっているのであれば、経験として何を書くか、
何が不要か、認識していると思うけど…。

引き継ぎで問診報告をする際、「**さんには遠慮があって、
私は喜ばれていて」と言うだろうか??????????

そして、こうしたことを言ってくることを悲しく感じると
ケアマネージャーに伝えたが、さすが、同じ事業所!
客観的に受け止めていないようで「高齢者は家族に
遠慮することが多い」と言ってくる。は?
たとえ高齢者じゃなくても、子供が親に遠慮すうりょうに
「家族だからこそ」というのもあってあたりまえ。

ここの方々、何かかばい合うのか、ケアマネージャーも
何か定義的なことや最もなことを言って、ヘルパー事業所の
代表として利用者や利用者の家族に反省を示さない。
…ことが多い。

わざわざ本人に向って「あなたに遠慮している」と言ってくる
人がどこにいる。
友達や家族で「実はね…」といって話しているわけじゃないし。
あ、そうだ、このニュアンスもまた聞きで、担当ヘルパーが
感じたことなので、直接、自分自身が感じ取ったことでもない。

はぁ????????
わりとはっきりものをいう私であってもこんなと言わない。
姉に対しても「お母さんはお姉ちゃんに遠慮しているようだ」と
言わない。だいたい想像でものを言うなんて信じられない。
それもまた聞きを!本当に信じられない。
それをかばう人もかばう人だし。

あ~私、かなり悲しい。
堂々めぐりって感じで書いているもの。

ど~も、自分の「善」をひけらかす姿勢が感じられ、イヤ。
人からどのように見られるかで、誠実じゃないと思う。
だって誠実であれば言いわけをしないだろうし、
分別だってあるだろう。これまで、ヘルパー主任をみていて
いいわけが多く、思慮(分別)がイマイチ観。

そりゃ~私だって思慮や分別というとゴメンナサイ、だけど、
少なからずミスはミスと認めるし、その場合、謝る。
それに態勢に影響がないなら「これは伏せよう」とも考える。
自分しか見えていないのだろうか…
それに所属長って、どういう指導をしていらっしゃるのだろうか。

12月13日
サクラ