文化の違い
担当者会議。
ケアマネージャーが母のうちに来訪。
ケアマネの緊張している様子がうかがえる。
今回の件で、ケアマネと2回メールやり取りをした。
私なりの配慮であるが、ダイレクトに伝えないようにしてきた。
確かに以前もそうしていたが伝わらなかったけれど、
一度、そうしたことがあれば、ダイレクトに伝えなくても
理解するだろうと考えていたが、私の考えは甘かった。
信念が強いだけ、それとなく伝えてもピンとこないのであろう。
ただ「それとなく」といっても私の「それとなく」は
ダイレクトに近い。好意でやって下さっていることに対して
敬意も示すので、言葉を選ぶ。
信念が強い…こういうと肯定的であるが、
自己に対して盲信的な印象を持ってたざる得ない状態だ。
傾聴する姿勢が感じられない。
健康的な心があれば「揺らぎ」をもっていると思う。
でも彼/彼女は、超ポジティヴ思考で「揺らぎ」すら見えない。
ある意味で、それだけの自信を持てることがうらやましい。
私は母を支えて下さっている方々を「(都合の)いい人」にしたくない。
必要以上の心理的な負担をおってほしくない。
そのほうが長く続けて頂けるし、燃え尽きないで済むであろう。
母は前回同様、掃除をしてほしいと言っている。
正直なところ私はそれをやめてほしい。
片付け魔、掃除魔の母が十分掃除をし、120%きれいだと思う。
母は、24時間のうち12時間以上掃除に通やすと言っても
過言ではない。料理はほとんどしない。
したとしても一日合計1時間にもならない。
冷蔵庫の中をみると物が減っていないし、
角食(パン)もそのまま食べ、おかずまず作らないことが多い。
TVも一週間に10時間みるといいほうだし、
趣味に時間を使うわけでもない。
一人一人のケアプランといっても、それほど
そのひとの生活状況を考察していないと思う。
私は質問を受けたことがないし、母に対してもそうした質問が
ほとんどされていない。
しようと思えば、テレビ番組で好きなものはありますか?
趣味はなんですかから始まって、作品を見るとか、
その上で、何時間ぐらいかかるのかなど聴き方は山とある。
資格を取るだけではなく、さらにそれに関わるスキルアップを
する人やのほうが珍しいかもしれない。
資格があれば安心で、それでご飯を食べられるのであれば…
そうした姿勢があたりまえになっている状況を非常に残念に思う。
いずれの企業・団体などで同じ状況かもしれない。
スキルアップを!という割りにトレーニングにかける費用を削り、
名ばかり、といっては失礼であるが、専門家をよばず身家で
「トレーニング」実績を作る。
学習発表会状態を多く中、プロ意識を求めるほうが
間違いなのかもしれない。
話しがかなり横道にそれてしまったけれど、
ケアマネージャーは今回の一件についての謝罪という意味合いが深い
報告書と個人としての意見書(?)のようなものを持参してきた。
済んだことはどうでもいいから、それを活かしてほしいと思う。
会話の中で「ヘルパー主任とやりあった」と言っていた。
やりあったというぐらいだから、彼女は理解を示す様子が
みうけられなかったのだろう。
しかも、今後、そのモニタリングというものをヘルパー主任ではなく
ケアマネージャー自身がするといっていた。
こうしたことからヘルパー主任には他者の気持ちに立つことより
信念と主義に走ったのではないかと思われる。
虎視した対応こそ謙虚さがみられない。
あのヘルパー主任とは文化が違うと考える。
謙虚の意味合いや他者配慮の意味合いが違うと…。
掃除の件、どのように伝えようか…。
ま、話の中で、母の意向としても掃除の支援が
プライオリティーNO3になったので巧くやってもらおう。
でも、伝えておかないと余計なことに巻き込む恐れがあるから。
母はヘルパー主任が「化粧品がない」と私へ
ファックスしたことについてケアマネに苦言した。
そりゃぁ母だって又聞きで「娘さんに遠慮している」と
いうコメントをつけられるとたまったものじゃない。
母にしてみると「私、無かったらどうするかぐらい
自分で考えるわよ」という思いが強い。
そ、いつも私に言わせていないでたまには自分で言う。
少なくても利用者からの直接コメントには反省するだろうから。
12/19
サクラ