冬という季節
明け方、母から電話。
いつものように電話を出ても無言。
母は無意識のまま短縮ダイヤルを押す。
念のため、かけなおすが「寝ていた」と言う。
今朝、恒例のお薬ですよコールをすると
「だるくて、だるくて起きられない」という。
理由は昨日ディサービスに行ったから…。
「ディサービスで特別なことをしたの?」
「していないけど、ディサービスなの」
おそらく母はディサービスに行きたくない
気持ちが強いのであろう。
順調に…というのもつかの間で、11月から休みが目立つ。
「特別なことをしていないのなら別のことが原因なのかも
しれないね、ご飯を食べたの?」
「食べられない、だって起き上がれないんだもの」
「薬を飲まないとダルイのも治らないから…」
「はっていって、薬を飲んでくるわ」
「お母さん、薬はご飯を食べてからじゃないと効かないのよ。
特別な薬だからね、まずは何か食べて。そうね、薬を飲む
ためだけじゃなくて、食べないと力もつかないからね。
ダルさを吹き飛ばさないと」
「もういい、死ぬといいんだから。このまま独りでここで
誰にも看取られないで死ぬといいんだから」
「死ぬといいって…私を残して死ぬの?」
「サクチャンを残すって、これは順番だから」
「そうだね、順番だね。順番のためにまずは薬を飲もうね。
辛いけど、まず起きて…そうだな、冷凍庫に解凍するだけの
おかずもあるし、チンするだけで食べられるお魚もあるから、
それを食べよう!そうすると大丈夫だね」
「うん、わかった」
「また電話するからね、そうね、あと30分ぐらいたったら
電話するからね。9時半よ。お母さんの仕事は朝ごはんを食べること。
そして、私が9時半に電話するから薬を飲むのを待っていてね」
「頑張るわ」
その15分ぐらい後にまた電話をしてみる。
「食べているの?」
「うん、食べているわよ」
「何を食べているの?」
「パン」
「あとは?」
「大根の炊いたもの」
「何を飲んでいるの?」
「飲んでいないわよ」
「あら、牛乳がないの?牛乳って体にいいし元気でるわよ」
「あ、そうね、牛乳はあるわ。飲むわ」
「いいねぇ~大賛成だねぇ~牛乳万歳!ってことだね」
「じゃあ、あとでまた電話するから、その時、薬を飲もうね」
「はい、待ってまぁ~す」
さっきの状態から脱し、どうやら目覚めたらしい。
母は私が電話をかけた時、寝ているとバツが悪いらしい。
そのため「起き上がれないれないぐらい具合が悪い」と言いだす。
それより気になるのが、大根の炊いたもの。
また作ったの?
おそらくというより99.999999…%、先週月曜日に作ったもの。
大丈夫だろうか…でも食べたらわかるだろう。
傍にいたら「これはやめよう」と言えるけど、たとえ99%以上
の確率で先週のものであったとしても母は時の概念が極めて弱く、
「いつ作ったもの」というのが感覚として認識できないし、
さらにここで言うと「じゃあ、何を食べるといいの!どうせ
私は…」なとど再び手がつけられない状態になる。
仕事を投げ出すわけにはいかない。
母のために仕事を辞める、そりゃぁ美談かもしれないけど、
じゃぁ、私はどうやって生活していく?将来はどうする?
9時半過ぎに電話をするとすっかり元気になっていた。
めでたし。
夕方、電話をする。出ない。携帯にも出ない…。
何を…考えてもしかたがない、いまは与えられた仕事をする。
そして、19時半、再び電話。ようやく携帯のほうに出た。
お掃除というか押入れの片付けをしていたとのこと。
「そう調子がすっかりよくなったのね、安心した」
「え?ん…そう大丈夫」
どうやら母は一瞬朝の状態を忘れているようだった。
思いだしたか、そこは分からないけど。
「いつも片付けているからキレイなのね」
「そうでもないの、あっちに手袋、こっちに靴下とか
だれがやったのかね、片付けないとね」
「お母さん、今朝調子悪いって言っていたんだから
もうやめてテレビでも見てゆっくりお茶でも飲んだら?」
「テレビを見ていたのよ」
「お母さん、テレビをつけていた、と見てたじゃ大違いだわよ」
「そうね」
「さ、お茶でも飲んで」
「お茶がないもの」
「あら…じゃあ牛乳を温めて飲むというのはどう?」
「…。もう寝るわ」
「え~まだ8時前よ、もう寝ちゃうの?」
「じゃあテレビを見るわ」
「そのほうがいいね。あ、お母さん、私ね、朝とか
できればお家の電話で出てほしいの。毎月携帯電話代が
2万円とかね、今月は3万円になっているし…」
「じゃあ電話をしなくていい」
「家の電話にでてほしいの」
「弁償しろって言われてもできないから」
「弁償って誰かが言ったの?」
「言っていないけど、そういうことでしょう?」
「あのね、携帯電話って高いから、お家の電話に出てほしいって
ことなのよ」
「どうせ私は耳が遠いし、死ぬといいんだから」
「耳が遠くなると死ななきゃいけないの?」
「どうせ私はおかしいんでしょう?」
「おかしい?誰かが言ったの?」
どうも本日は御機嫌が悪いらしい…。
もうこう思うしかない。
真正面から受け止めると私がつらくなる。
寂しいのはわかる。だけど仕事をやめることはできない。
母もそれは無理だとわかっている。だけど心と頭は別。
「お母さんの寂しい気持ちもわかるよ」
「もう無理、もう無理なの」
「何が無理なの?」
「こうして毎日水道(凍結)を心配して夜も寝れない」
「そう水道ね…寝る時、洗面所にヒーターを入れている?」
「入れているわよ」
あらららら、入れていなくっても言っちゃうこの強さ…。
電気代がもったいないと入れていない。
「去年はどうだった?」
「何でもなかった」
「今年って特別に気温が低いの?」
「…そうじゃないよね」
「だよね。お母さん、心配し過ぎよ。夜中に凍っていても
夜中であればどうにもできない、誰も来てくれないし。
それに水が凍るのは明け方だし。ヒーターを入れておくと
待ちがいなく大丈夫だから。お母さんのようにヒーターを
必ずちゃんと入れると安心だね」
「ちゃんといれるもの」
「ところでお姉ちゃんから電話くる?」
「こない、あの人は用事がないとしてこない。
お金が足りているんでしょう」
「ケイも帰ってきたし、そっちに気持ちが行っているんだね。
カエデチャンも面白いね、誰かの世話したいほうだし」
「私なんてどうでもいいのよ」
「いいでしょう、お母さん、この前、もうカエデから電話を
ほしくないって言っていたでしょう。ふふふふ、そうは言っても
親子だからねぇ」
「親に対してあのこは口を出すだけで何もしない」
「できる範囲が限られているしね。カエデチャン、気持ちの
余裕がないのよ。気持ちが集中しやいほうだしね。意外に
不器用って感じで。便りのないのは元気な証拠だね」
「都合がいいんだから」
「そうだねぇ~親って損だよね。でもそんなこと言ったら
また『横浜に連れて行く』って始まるわよ」
「もうどこでも連れて行ってほしい」
「いいの?あれほど嫌がっていたのに…」
「お父さんが連れて行ってくれるといい」
「お父さんねぇ~あっちでのんびりしていると思うよ」
「自分だけのんびりして。私が何悪いことをしたというの!」
「悪いこと?誰かが言ったの?」
「…」
「さ、お母さん、テレビが始まるわよ」
「テレビ?」
「さっき見るって言っていたじゃないの」
「そうだね」
…というなりいきなり電話が切れた(苦笑)。
ったくよぉ~ババァ~~~~~~~~~~~~~~~~!
と悪態をつくサクラでした。
12/23
サクラ