私が疲れた



今年もあと少しで幕が閉じる。
時々不安定になり、困った状態になるものの、
おかげさまで昨年よりも前進したように思う。
ただ依存心は徐々に強くなっている。
子ども返りということなのかもしれない。

仕事を終え、ぐったりしていると母から電話。
「明日からの薬がないので(病院)から取ってきて」と。
既に夜11時、しかも年内分は回毎に小袋分けして
暦に貼ってきた…まぁ、いい、ないというものはないのだろう。
こんな時間に探されて、またご近所を騒がせてもしかたがない。

とりあえず母の家にいき、私が手元にもっている
2週間分の薬を回毎に小袋分けし、暦に貼った。

「悪いね、こんな時間に。でも病院でちゃんと用意してくれたのね」
んなわけがないということを言ってもこれまた仕方がない。
母は無理難題であっても私がなんとかしてくれると思っている。

「お母さん、病院が用意してくれる云々よりも
夜になってから言わないでね。無くなる前日に連絡してほしい」
「そういうけど、悪いと思って…」
「お母さん、前日に薬がないことを伝えることと、
無くなってからいうのとどっちがどうなんだろう?」
「そうだね、私やっぱりヘンだね、そんなことも分からないなんて」
「ヘンとかいうよりも『うっかり』しすぎるって感じかしらね?
痛くも痒くもない病気だから薬もわすれがちになるけど、
出された薬を飲むことは大切なことだと思うの。うっかり忘れていた、
じゃ困るし、いいや一日ぐらいってことじゃないのね」
「うっかりね…そうだね、うっかりしすぎるわ」
「そうでしょう?お母さんの場合、ヘンだとうより“うっかり”が
失敗のものになっていうと思うのよ」
「注意深くするわ」
「そうよ、お母さんほどの注意深過ぎて、心配症になるひとが
薬のことになると急に楽観的になって、逆だってばぁぁぁ~」
と笑うと母も笑った。

おそらく話もしたかったのだろう。
一昨日、会って話を聞いたばかりだけど…。
延々とあれこれ聞いて、夜中の2時半…。
途中なんども腰をあげたけど、それを察するかのように
次の愚痴を出して泣く。そ、母が泣くととりあえず慰めるから
その時間分、私は母の家に滞在することになる。
そこで放っておいて、そのまま帰り、無意識行動が始まり、
ご近所に「家にいたのに誰かが…」などとかけ込まれると二次的災害。

帰宅するともう3時を回っている。

私は疲れた。

12月29日
サクラ