足元が危ない

「サクチャン…」
お昼過ぎ、母から悲壮感漂う声で電話が入った。
なにごとだ!事件だよ!と思いつつ、私は努めて
その悲壮感を緩和しようと明るく
「どうしたの?何かあった?悲しい?」と言った。

「あのね、病院へ行ってきたの…」
「どこの病院?具合でも悪いの?」
「あのね、テラスの雪をね、外していたの。
そうしたらよろけちゃってテラスの階段に頭を
ぶつけて、切れて、縫ったの…」
「え~~~~~~~~~~~~~~~!」

もうびっくりしてしまった。私の心臓もドキドキ。
「すぐに来てほしい」
「来てって、具合が悪いの?」
「そうじゃないの、先生(医師)は大丈夫って。
でもね、でもね、私、せつなくて…」
「そうだよね、切ないよね」
「仕事、抜けられないの?」
「ちょっとまって、折り返しかけるから」といってひとまず電話を切った。

どう考えても今日はまずい。
とりあえず病院に連れて行って下さった婦人部長の方へ連絡した。
外傷があるので大丈夫らしいし、いままた(母)の様子を見に
行ってくるので、仕事を続けていたら、と提案して下さった。
ありがたい。

そして、母に電話をした。
もう泣きやんでいて「お母さん、すぐに行けない」というと
「来なくていいわよ、大げさだわね。包帯がおおげさだけど
大したことがないから」と言う。
あらららら、さっき言っていたことを忘れたの?

その後、婦人部長さんと一緒に母を病院まで連れて行ってくれた
民生委員の方にお礼方々電話をした。

そして、緊急事態ということでホームヘルパーさんを依頼。
ここでまたすっきりしないケアマネの様子にゲンナリ。

今日はいけないので、できればでいいので、
頂いてきた薬を明日のカレンダーに貼ってほしいとお願いした。

ホームヘルパーさんが薬の処理にかかわれないということも
理解している、だけど、どうにもならない。

数か月前から、病院で薬を服用毎に小袋に入れて下さっている。
それでも忘れるので、小袋に朝の分は赤い文字で「日付と曜日、朝」と記載、
夜の分は黒い文字で「日付、曜日、夜」と記載して2週間ずつ
カレンダーに貼り付けている。

飲み忘れ防止だけではなく、時の概念がきわめて弱いこともあるので、
こうして日付などを書くことで多少なりとも時の感覚を養いたいと思って
この1年やってきた。

ケアマネはちょっと浮かない感じであったけれど
「わかりました」と答えた。
そして、人(ホームヘルパー)手配がつくか確認して
折り返し電話を下さるとのことだった。

そして、改めて電話がきた際「薬はできません。ヘルパーは
もともと薬をいじれない決まりなものですから」って。

最初から言っているでしょう?「できれば…」って。
それに食事云々についてはご近所の方に依頼できるし、
「薬のことだけは依頼できないので」と。

薬のことができないのであれば依頼する意味合いが…。
でも、時は遅し…。

ここは主旨を理解したうえで動くというかんじではない。
どちらかといえば、1件でも派遣することに意義があるような印象。
おそらくそう言うと「そういうつもりじゃありません」となるであろう。
しかし、私の第一声が「お願いがあります」で、「一番、重要なのは
薬のことなんです」と話したし、「急に申し訳ございません」と詫びた。

「もともとできない決まり」とこの場において言ってしまうのならば
最初の時点でわかりました、と答えず、考えさせて下さいではないか?

勝手な憶測であるが、センター長として、ヘルパーに指示出しをして
ヘルパー側が決まりだからできない!と主張したのであろう。
たしかにそうだ、できないものは、できない。

ただ私にはわからない。
YESを「もともとの決まりですから」とひるがえせる感覚を。
時に利用者家族が要請を断っても、独断で遂行したり、自分たち感覚。

利用者あっての介護でもなく、
利用者の家族あっての介護でもない。

そこには介護する者の道理に基づいた制度の履行がある。
言っても仕方がない。そ、受けるものの立場は弱いってことだ。


本日、仕事が終わったのは22時。
途中、何度も母に電話を入れ、とにかく早く寝るように話した。


2月18日
サクラ