母の涙


母のところへ行った。
薬に日付と飲むタイミングを記載し、カレンダーに貼る。
母は「ありがとう、忙しいのに。ごめんね」と言う。
だけどこれは私の安心をもたらすものでもある。

毎朝「お薬コール」をしてもお昼に電話をすると
「今朝電話がなかったからどうしたのかと思ってた」と言う。
このような状況をみると薬が入っている小袋に日付を
いれていないとマズイ。

母は約束通り、飲み終わった薬小袋を捨てず
容器に入れてくれている。
何より飲み忘れを確認できるので安心。

ま、そんなことより、私は先日の件を話した。
「あのね、実はね、〇日から4泊で出張に行っていたの」
「え?そうなの。全然知らなかった」
「だって言ったら不安になって、混乱しても困るし」
「そうね、いないと思うとね、そうかもしれない」
「でね、先方でホテルを取ってくれたのだけど、
お姉ちゃんのところに1泊してきたの」
「え?かえでのところ?!」
「そう…。ギリギリまで迷ったの。だって、いろいろ…ほら」
「ごめんね、私のことで」
「お母さん云々じゃないわよ。お姉ちゃんの性格がなせる技だし。
私が逆の立場ならしないと思うしね」
「そうね、確かに。サクチャンならしないわね。だけど、やっぱり」
「お母さん、マイナス行動やマイナス感情の原因は本人にあるのよ。
同じことが起こっても、受け止め方は本人次第。第三者にないのよ」

母も姉も、自分の中に苛立ちが起こるとその原因を作った人が
悪いから、と考えるタイプである。
だけど、相手が苛立っている場合、それは自分ではないとしてしまう。
こうから考えると母はある意味で逆に思考が統一された。
姉はまだそこに至っていないんだけど…。

で、姉との交流を話した。
桜餅のこと、飴のこと、梅干しのこと、ポーチのこと。
そして、私の気持ち。

母は黙って話を聴きながら、涙を流していた。
そしてひとこと。「よかった」と。

「サクチャン、ごねんね。ホント、サクチャンにつらい思いをかけて」
「お母さん、確かに辛かった。だけど、何もない人生なんてないわよ。
試練が与えられて、それで人間が成長していくと思うの」
「ありがとう、そうだよね、そうなんだけど」

「お母さんの気持ちを十分に理解しているから。お母さんとこうして
話ができること。そして、お母さんがアルツハイマーと戦っているって
私はその様子から色々と学んでいるんだからね。もし、お母さんが
病気に負けて、『ああ、いいわ』って適当なことをしているなら
私は悲しい。でも、違うでしょう?親って、いくつになっても子どもに
躾をしていると思うのよ。意識的な躾じゃなくても、よく言うじゃない。
ほら、子どもは親の背中を見て育つって」

「うん、わかった。私、これからも頑張るから」
「十分頑張っていると思うの。お母さんの場合、頑張り過ぎるところも
あるから、そこそこにね。頑張り過ぎると周囲が見えなくなってしまうし」
「そうだね、そうする」
「ありがとう。ねぇ、お茶入れてくれる?」
「はい、かしこまりました」

そういうと母は嬉しそうにお茶を入れに立った。


3月11日
サクラ