ほどほど平和


3月も半ば。

母は時々思い込みによる不満を言い出す。
残念ながら母は自分の期待通りに対応されないと
その人を「悪」とする傾向がある。

見方を変えられないし、
肯定的に消化しようと思えないようだ。
私は冷たいと言われようが、幸せ or notは主観的であり、
まったく筋違いの対応をされたわけでなければ、それは
最終的にその本人の捉え方と消化の仕方と思っている。

母なりに自分の我儘さも理解しているし、
自分には子どもも孫もいるし、すむ家もあるし、
夫が残してくれた資産や年金もあるけれど、
私(サクラ)は独身で子どももいない、
年金もどうなることかわからないし、自ら働き、
自ら蓄える以外ないので、かわいそうと言っている。

だけど、それが当たり前だと思う。
確かに母の年代の人々はだれしもシンデレラコンプレックスで
誰かが幸せにしてくれる、と思っているけれど、
ごくごく当たり前の生活に幸せを感じている私は
「別に…」と言ってしまいそうになる。

いま誠実に生きていれば、なんとかなるし、世の中、
そんなに見捨てたものじゃないと思う。

…本当に不思議だ。こうした母に育てられ、私自身、
自己信頼観や他者信頼観が育まれていなかった。
でも、若いころ、撃沈局地でおぼれて、立ち直った。
あの時、あの中を生き抜いたのだから捨てたものじゃないと思う。

時々、母に「お母さんって今の若い人見たいな
考え方をするわよね」と思わず言ってしまうけど、
母はとてもポジティヴにとらえ、「若い人みたい」という
若さをほめられたと感じているようだ。平和、平和。

被害妄想よりも誇大妄想のほうが少々気がラク。
ま、誇大妄想ってこととは少々違うけど。

3月18日
サクラ